バシー海峡の海の底 掲示板

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無題 - 管理人

2013/01/10 (Thu) 22:36:01

自己都合によりこちらの掲示板は休止致します。
投稿されましても反映されませんのでよろしくお願いいたします。

レイテ戦線関連図書について(重松正一様) -  鷹居茂樹

2012/10/28 (Sun) 14:48:04

重松正一様

前略、

お蔭様で、昨年は貴掲示板への投稿と重松様のサジェスチョンにより、レイテ島シラッドで、昭和20年3月30日に玉砕した叔父【泉5318部隊(独立野砲第11連隊)】の情報を静岡県から入手することができました。改めて御礼申し上げます。その後、毎日、叔父への供養を欠かさず行い、また、年に一度は靖国神社へ参拝して居ります。しかし、玉砕に至る厳しい戦況や叔父の無念さを考え、更なる具体的な資料を探している昨今です。

そんな中、今般、第二次大戦に詳しい知人から貴「レイテ文庫」所蔵、「A 第26師団」の資料リスト中の、

No.067 に「レイテ島のある1人の兵」(S47年 〇〇  私家版 泉5318部隊(独立野砲第11連隊)生還者の手記 8頁)

No.068 「手記」( 〇〇 5318部隊(独立野砲第11連隊)生還者の手記 58頁)

が叔父の戦死と関連するのではないかとの情報が寄せられました。

大変あつかましく存知ますが、この2件(No.067の8頁、 No.068の58頁)について、複写等が可能かご検討いただきたく、心よりお願い申し上げます。

お忙しい中恐縮ですが、ご返信お待ちしておりますので、何卒宜しくお願い致します。

草々

ただまん(笑) 只野厚 URL

2012/10/16 (Tue) 02:09:45

181085vy
ただまんどころか、
逆 に 稼 げ る ぜ w
お小遣いゲットでちゅ♪
http://541G41QE.takaoka.mobi/541G41QE/

祖父の存在 - 清水 麻琴

2012/07/10 (Tue) 18:22:39

祖父が戦死したということを詳しく教えてもらったことがなく、今になって自分で調べてみようと思い、色々調べたらこのサイトに来ました。
祖父の名は清水薫です。
どんな方だったのか・・・・・。

『永遠の0』という本を読んで刺激を受けました。

伊勢悦子様 - 重松 正一

2011/10/14 (Fri) 05:05:56

先日の投稿を拝見し 改めて蔵書の「陸軍航空の鎮魂」を確認、第70飛行場中隊の部隊戦史欄に戦死公報と同じ記述がありました 玉津丸が門司港を出港した月日が諸説ありましたが 8月4日と確定。○○○の不詳漢字も大凡私の資料から 
補正が可能で、その中で海防艦「屋○」とあるは調査しましたが 判りません
先月 部隊慰霊祭で生還者中嶋秀次さんから 11月に静岡県遺族会主催の玉津丸 慰霊巡拝団(一行30名)が訪台するそうです 合掌

伊勢悦子様 - 重松 正一

2011/10/03 (Mon) 16:37:48

貴重な投稿誠にありがとうございます。玉津丸には独歩第13
聯隊本部 第2大隊 師団通信隊 聯隊通信隊2,000名が乗船 、そのほか14ケ部隊が乗船しています。
今年3月 日本遺族会が実施した 海上戦没者慰霊の「洋上慰霊団」に玉津丸の御遺族8名が乗船、その中の旧知の方を通じて 生還者 中嶋秀次氏に面談致したとの要望で過日
静岡駅前のホテルで慰霊会を開催しました
私は同部隊の第3大隊の遺族で 長年玉津丸の御遺族と接してきましたので 同船の資料 書籍も蔵書 
昨年の玉津丸のテレビ放送にも取材に応じました
私名義で 検索して頂ければ HPがあります
70ALの解釈が 正解で嬉しく思います

重松正一様 伊勢悦子

2011/10/04 (Tue) 18:35:05

早急なご返答に感謝致します。多忙な日々につき、今週中にもHP観覧させて頂きたいと思います。貴重な文面と、個人情報の為、投稿には相当に悩んだのですが、第七十飛行場中隊の者の為、やはり投稿すべきと判断したに至ります。そして何よりも、活かして頂ければ幸せこの上ございません。予定では、一人でゆっくりと何日もかけて、祖父の通ったルートを進むつもりでおります。またお邪魔致します。

玉津丸、■70AL(第70飛行中隊か?) 伊勢悦子

2011/10/03 (Mon) 08:45:13

はい、間違えございません。少々読み取りにくいのですが、祖父の遺品より。戦死認定表、一、所属部隊官氏名、第七十飛行場中隊、〇軍、伍長、伊勢勝哉、二、生死不明となった日時場所、昭和十九年八月十九日四時四十分「バシー」海峡、三、生死不明となった前後の状況、輸送船玉津丸は昭和十九年八月四日二二二九名乗船して門司港出発、安尾正〇大佐輸送指揮官となり八月八日〇六一五釜山港出帆八月十日今〇里湾を出港八月十五日馬公に寄港十七日〇八〇〇「マニラ」に〇〇出〇した富時「バシー」海峡「ルソン」島〇北部に〇潜水艦の集〇ありとの〇報に〇り厳重な〇〇警戒を貫施して進航す十八日日没より猛烈なる降雨あり視界狭小となり二十二時三十分突然〇〇〇船魚雷攻撃を受けたるを認めたる為直ちに本船は爆雷を投下して〇が制〇すると共に回避中〇〇夜と猛雨の為次第に僚船と〇〇するに至り僚船の行動一切不明となり本船は軍船北航せるものの如く〇四三五附近に敵潜の近接したのを発見したので之を回避しつつ航進中船〇中央機〇部に魚雷命中一大衝撃音響と共に爆発し船体中央〇突附近より猛烈なる蒸気を噴出しつつ左〇に傾斜急速に浸水した〇〇船体機関室〇船〇に浸水数分で船体全く〇〇した〇の〇全員退船を命じたるも沈没までの時間極めて僅少なりし上傾斜急〇なる為退船者少く〇載物件共〇没した、四、〇〇〇〇〇〇〇、退船に〇りては〇舟、救命〇等を配置して〇容に努めたるも波高く〇ふるに風向潮流の為分散し降雨暗黒の為〇〇きかず捜索救命等意の如くならず〇流者中八名は「高尾」に十一名は北「サンフエルナンド」に救助せられ他の四六名は台湾南端八〇〇附近近海〇に於て船〇護衛の海防艦「屋〇」に救助せられた、五、戦死認定の理由、前記の如く魚雷攻撃を受くると共に船体大傾斜し極めて至短時間に沈没したのと富時降雨激しく暗夜であつて視界狭小〇〇の為退船困難なると〇〇じて退船せる者と救助困難であつた状況より判断して船と運命を共にせるか或は退船後激〇中に〇没せるものと認む〇つて昭和十九年八月十九日前記場所に於て戦死せるものと認定する、昭和二十三年 月 日、留守業務局航空課長 〇渡馬孝、以上〇に付いては読み取る事が困難の為、語弊がない様〇で記載させて頂きました。近く、同じルートを航海予定でおります。北緯、東経等の詳しい掲載に心より感謝致しております。

甲賀様へ - 重松正一

2011/06/16 (Thu) 04:53:58

貴重なる投稿 本当にありがとうございます。
私は 当部隊の独歩第13聯隊の遺族で「重松」と申します
管理人(作成者)様と親しくさせて頂いており、私作成の
HP「遺誌 独立歩兵第13聯隊第3大隊のレイテ戦史」を
公開しています。最初のページに「メール名」もあります
是非 検索してメール下さい
ご英霊は第1大隊(斎藤大隊)に属され 公報は19・12・20
アリベラにて戦死となっておるかとおもいます

はじめに 管理人 URL

2007/09/07 (Fri) 19:56:31

独立歩兵第十三聯隊(泉五三一六部隊)の御遺族、
関係者の方がご覧になっておりましたら
是非書き込みをお願い致します。

私の伯父も泉五三一六部隊でした 甲賀友章

2011/06/15 (Wed) 19:20:18

管理人様、貴重なサイトを作成していただきまことにありがとうございます。私は東京都在住ですが、私の伯父は静岡市生まれで、昭和15年12月に北支に出征し、19年12月にレイテ島アルベラにて玉砕死しました。小説家志望であった伯父は出征前にそれまでの創作物を文集にまとめておりました。また、南方戦線に移動する直前、北支で作成したアルバムを実家に送ってきました。昨年(2010年)暮れにそれらをまとめた本を自費出版しました。戦地からのアルバムのなかには戦争の悲惨を伝えるものもありますが、私が出版した意図は反戦を訴えることではありません。自分の夢をまっとうすることなく死んでいった一人の若者の情熱を、現在のそして未来の若者たちに少しでも伝えたいという思いから出版したものです。販売するものではなく、知人らに配布し、学校や公共図書館に寄贈させていただくものです。戦地からのアルバムも写真版で掲載しています。そのなかにはお名前の記載はありませんが、伯父の戦友の皆様の写真もあります。小説家志望であったので、さまざまな記述が写真のあいだに書かれていて、当時、当地を偲ばせます。このサイトの意図とは少し違う内容かもしれませんが、この本を管理人様にご覧いただければと思い連絡させていただきました。ご希望であれば郵送させていただきますので、ご連絡をいただければ幸いです。本の数ページを抜粋した画像を添付します。ご検討ください。

レイテ戦生き残り兵士との対話について 鈴木廣道

2011/05/03 (Tue) 18:53:02

私は現在浜松市在住の67歳、既に仕事関係は全てリタイアしている者です。

この度私は,私個人のある思い付きを実行した後、暫くの間先の大戦の内フィリピン戦に於ける戦史書籍類を読んだり写真集を見たり,あるいはインターネット検索などである事を辿っていくうちに、「静岡県護国神社」が浮かび上がりました。
その結果表題とは懸け離れているかとは思ったのですが,「バシー海峡の海の底 掲示板」に投稿してみようということになった次第です。

私は本年3月22日から31日にかけ、単独にて初めてミンダナオ島のダバオとセブ島・レイテ島を訪問致しました。その主たる目的は前述の各地に於ける「戦跡慰霊鎮魂巡り」でした。
本目的は太平洋の一部と東南アジアに於いて、現在までのところ数ヶ所ではありますが、1972年より全て単独で行っております。

私は戦争当亊者でもなければ、当地域における遺族あるいは関係者などでも全くありません。前述しました「私個人のある思い付き」につきましては、あくまでも個人的なことにより、本掲示板では省略させて頂きます。

本掲示板に投稿してみようという直接の切っ掛けは,レイテ島のブラウエンにて、こじんまりとした「平和之碑 静岡県知事 石川嘉信 二00六年一月」と書かれた「碑」を見たことであります。
正直なところ私はこの碑を見るまでは、静岡県(民)とレイテ戦の関係については、「少数の静岡県出身兵士の参加はあった」という程度の知識しかありませんでした。

カンギポット山麓では、地元の方より旧日本軍の一軍人の遺骨らしい小量の古い骨類と、全身真っ赤に錆び付いた機関銃と鉄兜を見せ付けられました。後日セブの日本領事館へ、写真と場所の報告をしておきました。良い供養になれば幸いと思っております。

帰国後、静岡県出身兵士達の悲劇についての戦史文献を目にするにつけ,レイテ戦は如何に壮絶にして悲惨な戦いであったかには、戦慄を覚えずにはいられませんでした。
重松大隊長の献身的な隊員思いと壮絶な死そして玉砕は,一体このレイテ戦は何だったのかを甚く思い知らされました。
「玉津丸」バシー海峡の悲劇は想像を絶する、言葉では表現する事のできない大惨事であり,当事者の兵士としての本懐は一瞬にして潰えた、余りにも惨い仕打ちであったことを物語っているように感じました。

実は私の本掲示板への投稿につきましては、ある思いと願いが込められております。それは静岡県出身兵士で、レイテ戦の生き残りの方は今現在も居られるのか?ということ。そして若し居られたらその方と、短時間でもお話をお伺いすることが出来ましょうか?ということであります。
若しこのことが適えられなかった場合には,レイテ戦全般の中で生き残られた方の体験談がお伺い出来ればと願わずにはいられません。

悪しにつけ過去の事は過去の出来事として、それが子供達への、永続的な平和への教訓にならん事を願わずにはいられません。

どなた様からか私へ本件に対するご返答を、メールにて頂ければこの上ない幸いとするところです。

連休明けには妻と「静岡県護国神社」を参拝し,「遺品館」を訪問する予定にしております。

皆様のご長寿を心より祈念申し上げます。


鈴木廣道

私のイーメール住所:kodokan@mvj.biglobe.ne.jp

中西 貴之様 - 重松 正一

2011/03/10 (Thu) 06:42:58

本HPの作成者は 静岡県在住の玉津丸の御遺族です
私は関係者として若干の追加資料を提供した「重松」と申します。 ご教示のHP拝見しました 長年の慰霊活動に遺族の一人として感謝申し上げ敬意を表します
http://www.sakai.zaq.ne.jp/hohei13/index.html
上記が私のHPで冒頭に私のメール名も表示しています
バシー海峡の事 等改めて連絡いたしたいので メール
下さい お待ちしています


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